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青空市場

クレ海。
日常系。

拍手[28回]

セフィーロ城周辺は、かつての崩壊の危機を乗り越え少しずつ復興への道を歩み始めていた。あちらこちらで家を建てるための木槌の音や、簡単な天幕を張った市場からざわめきが聞こえる。
 そんな中にあって、かつてはなかった新しい存在。チゼータやファーレンから定期的に訪れる交易団が珍しい反物や装身具、香木などを扱うことになっていた。


 


 


「クレフもたまには外でお買いものしましょうよ!」


目をキラキラと輝かせながら少女は、執務室の扉を勢いよく開けた。


常ならば、来室の気配を感じた部屋の主が念じればひとりでに開く重厚な扉である。それを待たずに開けてゆくような怖いもの知らずは、セフィーロ広しといえど一人しかいない。書類仕事をしていたクレフはあきれ顔で顔を上げた。


「ウミ。もう少し静かにできないのか。」


「だってだって!今日と明日は市場でファーレンのおっきい交易団が来てるのよ!珍しい服に、曲芸や芝居小屋、美味しい屋台まであるらしいわ。


こんなにお天気も良いのに、部屋に閉じこもってるなんて、おかしいわよ!」


クレフはこれ見よがしに嘆息した。少女の来訪を待って、急ぎの仕事は片づけてある。それはできれば城内や近くの森でゆっくり二人で過ごせたらと思ったからだ。


しかしどうやら、彼女の興味は賑やかな市場に向かっているようだ。それとはまた別の理由でクレフは思案顔になった。


 


「しかし、私と共に行けばろくに買い物などできないと思うぞ。」


「どうして?」


「一時、この城にはセフィーロの民全てが起居していたのだ。当然、私の姿を知っているものも多い。その中で私が先触れもなく訪れると何かと面倒なのだ。


 弟子入りを望む術者の卵や、薬草の知識を問うてくるもの、新しいセフィーロの国づくりに意見あるもの。間違いなく、ゆっくり買い物とはいかぬ。」


 海はその様子を想像してみる。国最高の術者にして、生き字引のような人だ。それだけ人に頼られるというのは恋人として誇らしい反面、お買いものデートさえままならないのだ。


しかし簡単に諦めないのが彼女の良い所だ。


「じゃあ!変装すればいいんじゃないかしら?かつらをつけたり、その動きにくそうな服を変えるだけでも印象は変わるわよ。」


「人の正装を動きにくいなど、ずけずけと。だが・・・」


大きいのに切れ長な瞳がきらりと光った。背格好は幼いのに、その妖しさに海はどきりとさせられた。


「策はある。」


 


 


 


 次の日、光や風との朝食を済ませた海は再びクレフの部屋を訪れた。この時刻に来るよう指定されていたのだ。


 ただ、彼がいつもなら皆と囲む食事の席を外したことが気にかかっていた。どれだけ忙しくても、弟子や異世界からの少女たちと過ごす時間を彼は大事にしているのに。


 それなら食事を部屋に運ぼうとしたら、プレセアが早朝にもう持って行ったというのだ。前夜から頼まれていたというが、海は釈然としない。


 なんなのよ、もう。そう心の中で毒づきながら、海は扉の前に立った。昨日こそは無断で開けたはずなのに、どこか避けられているようでなんとなく入りづらい。そんな彼女の気持ちなどお構いなしで、扉はその重厚さに似合わず静かに開いた。


 部屋の中央に一人の人物が立っている。大きく開いた窓から光があふれ、逆光の中でたつその人が眩しく海は束の間目を細めた。だから、目の前に起きていることも、何かの見間違いだとしか思えなかった。


 


 その人は自分がよく知っている人に似ていた。衣服は簡素で、額当ても小さなものだが、少し紫が混じった銀髪、紺碧の空を写し取ったような瞳、端正な顔立ちは中性的な美しさを持っている。だが背格好が大きく違う。すらりと伸びた背は海よりも頭一つ分は高かった。


「おはよう、ウミ。」


 ややハスキーだが、落ち着き払った声音は確かに、その人のものだった。


「え、え?えええええー!?」


混乱した彼女は絶叫した。それもそうだ。御年749歳の導師さまは、いつも子供の姿なのに威厳と貫録を持った独特のオーラを持っている。それが今や、


「何よこれ!こんな爽やか好青年になれるなんて、聞いてないわよ!!」


「常の私が爽やかでないような口ぶりだな。」


 皮肉たっぷりな口調も間違いなくクレフなのに、頭がそれを認めるのを拒んでいる。茫然としながら海は疑問を口にした。


「昨日まで普通だったのに、どうやったの・・・?」


「安心しろ、薬で一時的に体を成長させただけだ。明日の朝になれば効果は消える。だから・・・」


 蠱惑的な笑みが、綺麗だ。よく働かない頭ではそれだけしか考えられない。


「今日はどこまでもお前に付き合おう。」


 


 


 いつも召喚するフェーラで出かけたのでは忍んでゆく意味がない、というので二人は城の通用門から市場へと続く小道を歩いた。その道すがら、海は立て続けに質問した。そもそも大人の姿になれるのに、何故いつも子供の姿なのか。アスコットも同じだったのか。この姿になれることを知っているものはいるのか。


 市場につくまでの間、その一つ一つをクレフは丁寧に教えてくれた。幼い頃から魔導師を志した自分は身体の成長を魔力の向上に割り振っていたこと。今でも食事の量が少なくて済んだり、酒席で無理に勧められることがないなど好都合なこと。アスコットのように意志の力で成長させることも可能だが、それは不可逆的なものでしかも数週間かかること。体を成長させるこの薬は扱いを間違えれば劇薬となるため、記された古文書は禁書とされ当代で知るものは他にいないこと。朝食を運んでもらったプレセアにも、この姿は見せていないこと。


「変装などより、確実であろう。謀るようで心苦しいがな。」


 彫りの深い顔に、わずかの憂いが浮かんでいる。清廉潔白な彼にとって余暇のこととはいえ、人の目を逃れるのに力を使うことは後ろめたいのだろう。それでも、クレフは彼女と過ごすために精一杯の知恵を当ててくれたのだ。そのことが今は素直に嬉しい。


 


 


 そうこうするうちに、市場の裏手側についたようだ。人々の弾むような掛け声や、客寄せの音楽が聞こえてくる。


「さあ、着いたようだ。『メル』、楽しもうではないか。」


 クレフが予め決めておいた偽名で呼び掛ける。華麗な仕草で振り返り、手を差し伸べてくる様はまるで舞台俳優のようだ。海は、沸き立っていた心が更に加速するのを感じた。


「ええ、『クロノス』。今日はとことん、付き合ってもらうわよ。」


 差し伸べられた手を、迷うことなくとる。その手は幼い柔らかな肉づきのものではなく、少し筋張った成人男性のものだった。そのギャップに、海はまた心拍数が上がった。頬が上気しているのが、鏡を見ずとも分かる。


 


 彼と自分だけのお忍びデートは、まだまだ始まったばかり。


 抜けるような青空が、二人の背中を押した。


 


 


 


 


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


メルはフランス語で『海』。クロノスはクレフの姉妹車です。


きっとクレフは華麗にエスコートしてくれるんでしょう。そして美形カップルが雑踏の中では注目浴びまくって、全然忍んでないのにお互いに夢中で気付かないとか。なにこのバカップル!

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