青灰色
はじめまして
「青灰色」は橘かづきが運営する二次創作ブログです。
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匂い立つアイボリー
クレ海。
日常系。
彼は香水や衣服にも芳香剤のようなものは使わない。それでも、その人自身から醸し出される匂いは何故こうも求めてしまうのか。
海は寝台に身を横たえすやすやと寝息を立てている。あどけなさの残る穏やかな寝顔に反して、散らばる髪やスカートから覗く肢体のあだっぽさは強烈だ。
日常系。
急な会議が入った。申し訳ないが時間を潰していてくれ。慌ただしく書類を抱えて彼は部屋を出ていった。
残念だが仕方ない。彼はこの国一番の働き者だ。
部屋を見渡すと本当に慌てていたらしい。黒いどっしりとした執務机の上はいつもなら整然としているのだが、今日は書物や文具が出しっぱなしになっている。
近寄ってみると、羽ペンの先がまだ乾きっていないし、インク壺の蓋がずれたままだ。このままではインクが零れた時大変だろう。蓋をそっと閉めておいた。
隣には広辞苑のような分厚い本が開かれたままになっている。風に踊らされそうなところに、栞紐をおいた。これで大丈夫。
ふっと瑞々しい香りが鼻をかすめる。開け放たれた窓の向こうには広々としたバルコニーが広がっていた。
見ると花台の上の如雨露が危うげな角度で置かれている。どうやら、花に水やりをしていた最中、仕事が舞い込んできたようだ。燦々と日が注ぐバルコニーに下り、土が乾いている鉢に水をやっておく。そうすると赤、白、黄色の色とりどりの花がより生命力を増したように見えた。中でも海が先日東京から持ってきた日々草はピンク色の花をふんだんに咲かせている。
部屋に戻る。クレフが戻るまで、お茶でも飲んで待っていようか。簡単なキッチンでお湯を沸かそうとした時、扉をノックする音がした。部屋の主が不在であることを告げようとして出てみると、シンプルなメイド服を着た女性が二人立っていた。海が室内にいたことに少し驚いた顔をしていたが、頼まれていた洗濯物を届けにきたところだという。そういった日用のことであれば、と思いカートに積まれた籐籠を室内に運びいれてもらう。
二人が部屋を辞すと、海は少し考えた。籠の中身は一つはシーツ、もう一つは上着や肌着が入っているようだった。このまま執務室に置いておくより寝室に運んだほうがいいだろう。
籐籠を持って寝室に足を踏み入れる。ここに一人で入るのは初めてだった。とは言っても、この寝室に入ったこと自体、片手で足りるような回数だ。
鼻孔を甘やかな匂いがくすぐる。石鹸の清潔な匂いのようで、熟れきっていない爽やかな果実のような。古い本やインクの匂いで満たされた執務室とは違う、甘い残り香。
家具もまた執務室よりも柔らかな曲線や色遣いのものが多い。ホテルの上質な客室のように無駄なものがないのに、どこか包み込むような暖かな息遣いがあちこちにある。
白いチェストに置かれた燭台が作る長い影。カーテンをまとめるタッセルの控えめな光沢。壁の大小様々な額縁の中には親しい人たちとの写真や、子供たちから贈られたのであろうクレフやフェーラの絵。その一つ一つが、彼の趣味の良さや歩んできた道を示している。
クローゼット手前に籐籠を運び、ふうっと息をついた。もう一度部屋を見渡すと、寝台を覆うカバーがずれている。まるで、その人が今そこから起きあがったかのような膨らみ。そっと寝台に近寄り寝具を整えると、ふっと鼻先を何かの匂いがかすめた。この部屋に入った時と同じだが、より密で、より甘く感じるかの人の名残。アイボリーの寝具から立ち上ったのだと分かった時、海はシーツをきゅっと握った。
彼は香水や衣服にも芳香剤のようなものは使わない。それでも、その人自身から醸し出される匂いは何故こうも求めてしまうのか。
寝台に腰掛け、そのまま横たわった。目を閉じるとまるでその人の腕の中にいるような、そんな錯覚に陥る。じんわりと心が満たされる。すべすべとしたシーツの心地よさも相まって、海はまどろみ始めた。
少しだけ、彼が戻ってくるまで。この安息に身を委ねよう。
オートザムの環境問題に対する会議は実に示唆に富むものだった。
大気中の有害成分を、セフィーロの樹木で浄化する実験に一定の効果が出たのだ。有毒ガスが吹き出る火山近辺でも生い茂るその樹木は、成長は遅いのが弱点だが実証化に向けた研究に弾みがついたことは確実だ。ファーレンやチゼータでも同様の樹木がないか、新たな探索が行われることにもなった。
ただ急に早まったこの会議のせいで海と会う約束を違えてしまったことだけが申し訳なかった。ただでさえ二人には異世界という大きな隔たりがある。過ごせる少ない時間をより少なくしてどうする、と自分自身が腹立たしくなる。
自室に入ると同時に恋人の名を呼ぶが、姿が見えない。目を閉じ、気配をたどると思いのほか近くにいた。寝室への扉が開け放たれたままになっている。足早にその扉を通ると、目の前の光景に絶句した。
海は寝台に身を横たえすやすやと寝息を立てている。あどけなさの残る穏やかな寝顔に反して、散らばる髪やスカートから覗く肢体のあだっぽさは強烈だ。
クレフは頭がくらくらした。
いくら自分たちが恋仲とはいえ、こうも慎みを忘れた行為をとるのは彼女には珍しい。恐らく、暇を持て余してうとうとしたのだろうが、それにしても無防備すぎる。
傍らに腰掛けても目覚めようとしない。本当に眠っているのだろうか?そう思いながら長い髪を掬いあげ、絹糸のような滑らかさを堪能する。とれたての果実のような柔らかな頬を撫でるとくすぐったそうに首を捩った。顎から鎖骨にかけての曲線が露わになると、その寝姿はより扇情的になる。
クレフは喉が強烈に乾くのを感じた。まるで焼けつくようで、それなのに原因を作ったこの娘から目が離せない。
やっととれた愛しい相手との時間。さあ、どうやって起こそうか。
途中に出てきた日々草の花言葉は「楽しい記憶」だそうです。
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ステキ
どの作品もステキ過ぎて素晴らしいです(*´∀`)
海とクレフが愛しすぎてたまりません!!!
海とクレフが愛しすぎてたまりません!!!
- ルイス
- 2013/11/10(Sun)10:05:56
- 編集
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橘かづき
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非公開

