青灰色
水色に囚われる
「銀嶺の檻」の少し後。でも単体でも大丈夫です。
「クレフ、占いって信じる?」
それは私が昼食後のお茶を淹れている時のことだった。
傍らで本を片手にウミが興味津津といった表情で私を覗き込んでくる。
「いきなり何を言い出すかと思えば。セフィーロにも占いはあるが、私は嗜み程度にしか修めておらぬし、全面的に信じようとは思えぬ。」
「どうして?」
少しふくれた顔で彼女は上目づかいでこちらを見てくる。いつもなら身長差でこちらが見上げる立場だが、今は彼女がゆったりとしたソファーに座り私が茶を淹れている。
これはこれで、新鮮な眺めだ。悪くない。
「まず占いは、人の運命などをみるもの、天候や作物の出来といった自然現象をみるものに大別できるだろう。
一つ目について言えば、自分自身を信じようとしなければ、目指す結果や未来は得られない。占いやジンクスで『何か』の力を借りて、未来を暗示してもらうという点で私は、私自身の主ではなくなってしまう。そんな気がするのだ。
二つ目について言えば、セフィーロでは『柱』の安定こそがこの国の平和を作る。自然現象を予知しようとするより、『柱』その人の表情を見ればおのずとわかるというものだ。」
「確かにそうかもしれないけど・・・」
「けど?」
ポットを置き、私もウミの隣に座る。俯き加減のウミの顔は、長い髪に阻まれて窺いみることはできない。
いつもの覇気はどこへやら。蚊の鳴くような声で彼女は訊ねた。
「それでも、好きな人が自分をどう思ってるかとか、知りたくなったりするものじゃない?」
その言葉の意味を咀嚼するのに、数拍おいてしまった。
そして自分の口角が自然と上がるのを感じた。
まったく。この娘は。
「ウミ。」
優しく、彼女の名前を呼ぶ。だが、彼女はさらに顔を伏せ、応えてくれない。
「ウミ。」
同じように優しく囁き、今度は硬く握られた彼女の手にそっと触れた。滑らかな白い肌が心地よい。それでも彼女は応えてくれない。
自分の笑みが更に濃くなるのが分かる。それはからかうというより、この真っ直ぐな少女がどれ程自分を思ってくれているか、その幸せに浸れることへの実感からだった。
「お前が望むなら、何度でも言葉を捧げよう。愛しい人。」
恥じらっていた彼女がはっと顔を上げる。その瞳は熱く濡れ、唇は強く噛んでいたのか真っ赤だった。
自分と彼女が想いを通わせたのはつい先日のこと。
この国最高位の魔導師として孤高であるべきと律していた自分の心に、彼女は新しい光を投げ込んでくれた。庇護愛ではなく、互いの手を取り合う愛。崇敬ではなく、一人の人間として愛される喜び。
第一印象は決して良いとは言えないものだった。臆することなくよく挑んできたものだ。その分彼女も自分も立場に縛られず、互いのありのままの姿を受け入れることができたのかもしれない。
「お前が占いに頼りたくなるのも無理はない。私は、こういったことに疎い。あの日お前が打ち明けてくれなければ、自分の気持ちにさえ気付かなかったかもしれない。」
自分は彼女の何百倍も長く生きているのに、不安にさせてしまう。その情けなさを素直に認める。
「それでも私はお前の笑顔が見たい。幸せになってもらいたい。どんな些細なことでも知りたい。
この気持ちが愛でないというなら、何だというのだ。」
言い終わらないうちに、鮮やかな水色が視界を覆う。その髪は深山から流れ落ちる滝のように見えるのに、時に激情を孕んだ大海原のようにもなる。
彼女が縋るように自分に抱きついたのを受け止め、その背中に手を回す。
「ありがとう。クレフ・・・。」
上擦った声が耳に心地よい。大胆に抱きつきながら、それが相手にどんな期待を持たせるか、全く分かっていない。そんな危うさを秘めた素直で、真っ直ぐな青々とした恋に、自分もまた焦がれてしまう。
少しずつ、少しずつ、不器用なもの同士、歩めばいいのだ。
彼女が押し込めた不安も、気持ちを告げられた戸惑いも、溢れそうになる心の行き場も。
一つ一つ拾い集めて、どこにもない自分たちだけのかたちを作れたら。
(この髪に、瞳に、言葉に、翻弄される予感は占う必要などないだろうな)
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初々しい、お付き合いを始めたばかりの二人を書いてみたくなりました。
でも若づくりおじいちゃんの恋愛経験値はゼロではないと思う
エメロード姫とザガートの想いに気付いちゃう辺り、何かしらあったのじゃないかな~

