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白に沈む滴

プレセア→クレ海。
切ない系のお話。

拍手[20回]

 


 華美すぎず、だが気品のある刺繍が袖口に施された上衣。
襟元にはかの人の瞳を思わせる、蒼い煌めきを放つ宝石が散りばめられている。
何人もの職人を経て作られたその衣装は午後の光を浴びて眩しいくらいだった。


『本当に素晴らしいわ。この短いうちによく間に合わせてくれたわ』
『セフィーロ最高位の創師からそのように言っていただけるとは、光栄です』
それでは私はこれで、と上衣を納めた仕立て屋は部屋を辞した。


今、プレセアは公務で忙殺されてるクレフに代わって明日の準備に追われていた。
まったく、自分が主役の式典なのにな・・・と苦笑いしながらも、プレセアに準備を頼んだ彼の横顔は隠しきれない喜びを孕んでいた。





明日、導師は妻を迎える。
異世界では『ケッコン』と呼ばれる式典を、去年は国王たるフェリオが盛大に行った。



その記憶も薄れぬうちに、セフィーロ最高位の導師も異世界の少女ーー今は美しい女性だが、を同じく妻に迎えると周囲に告げた。




二人の仲は知っていた。
先の戦が終わってからしばらくの後、導師は長らく保っていた童形をとらなくなっていた。
他国との外交で酒宴を設ける際、この方が胸襟を開いた話ができる、そう周囲には話していた。



だがプレセアは知っていた。
人気のない城の裏庭で、海を抱き締める、彼の背中を。
包み込むように、慈しみにあふれたその光景を、決して忘れることはないだろう。






『・・・セア様、プレセア様?』
侍従のものに呼び掛けられて、はっとする。いつの間にか物思いにふけていたらしい。
『あぁ、ごめんなさい。どうかしたかしら?』
『式典に必要なお道具の確認をお願いしたいのですが・・・』
そうして室内に運びこまれたのは、導師の権威を表す宝飾品、二人の絆の象徴たる指輪、セフィーロの繁栄を祝う聖典などだった。



リストと照らし合わせながら、足りないものがないか、ふさわしい格式を備えたものかを確認する。
そのなかで、プレセアは一つのものに目をとめた。



『あら、これは・・・』
それに気づいた侍従は慌てた。
『も、申し訳ございません!先ほど届いたばかりだったので・・・』
『いいえ、私がきれいにしておくわ』



それは典雅な刺繍が施された純白の手袋だった。
仕立て屋から届いたばかりというそれは、まだ畳まれたあとが残っていた。
『そのようなこと、プレセア様には』
『いいの。もうほとんど仕事は終わっているから、私にさせて』
にっこりと微笑んだプレセアに戸惑いつつも、侍従はそれ以上は何も言わず、一礼して部屋を後にした。






絹の手袋のしわを丁寧に伸ばす。
当て布をそっと乗せる。
炭を入れて暖めたアイロンをゆっくりと当てた。
魔法であれば一瞬で終わるような手間だった。



それでも、可能な限り一つ一つ動作を、丁寧に重ねる。
その時、ぽたっと、雫が絹の手袋に落ちた。
一つ落ちると、二つ三つと続けて落ちてきた。




初めてお目にかかったのは七つの時だった。
創師としての修行中、工房へ視察に訪れた城の一団の中にあの人はいた。
凛とした佇まいと、揺るぎない強い瞳。



次に会ったのは最高位の創師として、姫から拝命を受けた時。
その誉れと、あの人に近づけた喜びに胸が震えた。


近づけば近づく程、思いは募った。国を思う真摯なこころ。
そのくせ忙しさで自分の体には頓着しないところ。
自分に向けられている気持ちは、弟子たちへの分け隔てないものだとしても、それで十分だった。十分幸せだった。





異世界の少女たちはこの世界を変えた。
それは700年という長きに渡ってこの世界の理を導いてきた彼をも変えた。

『以前の私であれば、この国の幸せこそが私の幸せだと、そう思っていた。
だが、今は一人一人の願いが、未来へ進む力がこの国をつくる。
私自身の願いに向き合わない限り、私は誰も導くことはできない』
そう語った導師を誰もが祝福した。



(あなたが心穏やかに過ごせるよう尽くすことが私の幸せ。
それでも、それでも、私があなたの拠り所になれる日が来ることをどこか期待していた。
そう、ただ待っていた。)


それこそが自分と彼女の違いだ。
彼女は頑なな彼の心に踏み込み、溶かしていった。
私に、その勇気はなかった。ぬるま湯に安寧を求めた。




きらびやかな装飾の中で進める式典の準備は、すべてが悪い夢のようだった。
だが今この瞬間、この溢れる涙が純白の手袋に吸いこまれ、蒸発していく様は確かな現実だった。




自分の心に幾重にも折り畳んだ憧憬と思慕、微かな後悔。
様々な機微がいつの日にかこの手袋のようにまっさらになって欲しい。
そう願いながら、彼女はそっとアイロンを置いた。







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アニメ最終話はぐっときました。
シエラさんだけど。
745年の間に何人の女の人を泣かせてきたのだろう、と思います。

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