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琥珀色の夏~another side~

クレ海の日常のお話。
「琥珀色の夏」の後にお読みください。

拍手[35回]

さらさらと美しい髪が、細い肩から滑り落ちる。


その度に彼女はペンを持っていない方の手で髪を背中へ流した。



『ウミ、少しは休憩したらどうだ?いつもお前が私に言うことだろうが』


すこしやつれた横顔は暑さのためだけではないだろう。


大事な試験を控えているとはいえ、やはりここまで根をつめるのは見ていて辛い。
少しでもその疲れを癒すことができればと思い、いつもの冷茶に眼精疲労などに効く薬草を混ぜた。
少量であれば気分転換にちょうどよいのだが、



『ありがとう。でも今度の試験は本当に大事なの。内部進学するには内申点を稼がないと。』

『よく分からんが、希望するアカデミーに入るのに猛勉強するのはオートザムでも同じらしいな』
 
『セフィーロだってそうでしょ?だってクレフが知らないことなんてないでしょ。』
まるでこちらの狙いを見透かすかのような問い。


思わずクレフはセフィーロの苦い歴史を口にしてしまった。



『確かに導師というのはあらゆる現象や職種に通じていなければならない。


だが柱に限っていえば違うだろう。柱に必要なのは国を思う誰よりも強い心。


事実、私が生まれる前には読み書きが十分にできない柱もいたようだ。』

『無知なまま、ただ柱としての務めに専念させるという、非人道的な考えだ。


もちろん、私が今までお仕えした柱にはできる限りの教育を授けた。


過去に学び、物語に安息を求めることは誰にだって必要だ。』

しかしそういった彼の言葉に少なからず彼女は衝撃を受けたようだ。


無理もない。少女たちの世界では全ての国民が最低でも9年間は勉学に励むときいた。
セフィーロにももちろん読み書きを学ぶ機会はあるが、制度化されたものでなく、地域の名士や術者が善意で行っているのが現状だ。

疲れている彼女をより悩ましてどうする、と自分の至らなさを腹立たしく思いながら、クレフは一度席を立った。
どうも、彼女の前ではいつもの導師らしいふるまいを忘れてしまう。


自分の中の澱をさらしたくなる。抑えた感情も疼いてしまう。

のぼせているのかもしれない。暑さに。いや、本当に?


再び机に向かった彼女の髪がさらさらと流れていた。


清流のようでいて、午後の日を照り返す様は何故か胸をざわつかせる。





気が付いたら彼女の髪に触れていた。


極上の絹のような手触りに思わず溜息が洩れそうになる。
 
『しかしウミ、その長さの髪では本を読むのにも難儀だろう。』
結ってやる。そう続けた自分の声がわずかに掠れていた。


 

突然の奇行に驚きつつも、彼女は大人しく髪を委ねてくれた。
無理に逃れようとすれば、髪が引っ張られてしまうからだろう。
 
いや、理由は何であってもいい。
ただ彼女が体の一部を委ねてくれるということが甘やかな事実だった。
この瞬間が永遠に続けばいい、そう思った。
 
一通りのことはできてしまう自分の器用さがこの時だけは疎ましかった。
程なくして、彼女の髪は上品にまとめられ琥珀色のバレッタが彩を添えた。


 
『綺麗・・・』
『その髪留めも、昔私が使っていたものだ。よければもらってくれ。』
そう言った時、彼女は今日何度目かの驚いた顔をしたが、すぐに破顔した。
やはり彼女には笑顔が似合う。


 
ただ一つ、彼女についた嘘があった。
自分が髪を伸ばしていた時期があったのは確かだ。
導師に就く前の修行時代、忙しさにかまけて伸び放題になっていた。
だが、その頃は手元にあった組紐で適当に束ねていただけだった。
 
今彼女にあげたのは、先日城下の視察で訪れた市で衝動的に買い求めてしまったものだ。
プレセアたち侍従のものの目を盗んで買うのは苦労したが、
深山の清流のような髪に、この琥珀色はよく映えるだろうと直観が働いた。
 

 
午後の陽光をきらきらと反射するそれは、自分が想像していたよりも
ずっと、ずっと、彼女を煌めかせていた。
それは眩しい程で、クレフはそっと伏し目がちに微笑んだ。
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