青灰色
南天に託す赤心
片思い。
この気持ちは何だろう。
その姿や声ばかりが心にかかる。
心に薄い靄がかかったような状態が、長らく海を支配していた。
初夏の東京で、海は少し意外そうな顔をした。
「花言葉?」
昼休みの教室。海はクラスメイトが持っていた本を覗き込んだ。
彼女の手には、花や樹の美しい写真と共に花言葉が書かれた本があった。
「そう、月桂樹は『栄光』。
リンゴの実は『誘惑』。『浄罪』。
オリーブは『平和』『知恵』。」
「花言葉っていうとバラとかが有名だけれど、木にもあるのね。」
「花を咲かせる木だってたくさんあるもの。
昔の宗教画に出てくる人物はアトリビュートと呼ばれる持物を持って描かれることが多いわ。物語内で必ず出てくるこの持物が、やがて草花の象徴として意味を持つようになったのが花言葉のいわれの一つよ。」
それで美術部であるクラスメイトがこの本を読んでいたのかと納得する。見たままの美しさを描いたり、古い絵を鑑賞するだけではなく、歴史の中で育まれた意味を読み取る。そういった芸術との交わり方もあるのだということだろう。
パラパラとめくった本の中には、海にとって見覚えのある木もあった。
「これ、家の庭にもあるわ。えっと、花言葉は・・・」
次の週末セフィーロを訪れた海は、一つの鉢植えを携えてクレフの部屋にいた。
「珍しいな。お前が菓子ではなく、花木を持ってくるとは。」
「『花より団子』って言いたい訳?私にだって風流の心はあるわよ。」
「ダンゴがどういうものかは分からんが、殊勝なことだ。」
からかうような口調ながらも、慈しみに溢れた彼の眼差しはまだ小さな苗木に注がれていた。
この人は、この世にある生き物全てを愛している。
趣味である散歩をする時は、いち早く森の新芽に気付き、蕾に微笑み、幼い精獣に語りかける。そんな人の隣にいると、自分の目線も自然と優しくなっていた。
「この白い花も可愛いけど、花の後には真っ赤な実をつけるの。とっても綺麗よ。」
「ふむ、似たような花木がセフィーロにもある。
葉は解熱や鎮咳などに効果のある薬となるのだが、生育や薬効を比較してみるのも面白そうだな。」
学者肌なクレフらしい考えだった。
自分がこの木を持ってきたのは、別の考えが元ではあったのだが、
「ところでウミ。これは何という木なのだ?」
自らの心の内を読まれたようで海はドキリとした。
「な、南天というの。
『難を転じる』という言葉にかけて、縁起の良い木とされるわ。」
「難を転じる、か。」
語呂遊びにふっと微笑んだクレフに海は勢いよく話を続けた。
「大体、クレフはいろんな苦労を背負いすぎなのよ。
セフィーロの新しい国づくりの為だからって、ご飯も摂らない時だってあるじゃない。」
「それは苦労ではない。責務だ。」
だが、と一端言葉を区切ったクレフは海をまっすぐに見つめた。
「私を思ってこの木を選んでくれた。その気持ちは大事にさせてもらおう。」
大きな青い双眸が海を捕えた。
どこまでも高い、空のように澄んだその瞳には深い慈愛と感謝が込められていた。
普段の威厳ある振る舞いや表情とはまた違った、穏やかさ。
ほんの一瞬垣間見える温かみこそが彼の素顔なのだと海は知っている。
クレフはこの苗木を庭園の何処に埋めようか思案していた。日当たりのよいところか、それとも水辺か、などと上機嫌で呟きながら。
海がその木に込めた、別の意味を知らないまま。
本に記されていた南天の花言葉は
『機知に富む』『福をなす』。そして『私の愛は増すばかり』
それを知った時、海の心は高鳴った。
自分の心にかかった薄い靄がやっと晴れた気がした。
(理知的で、人の幸せばかり祈っているこの人を、
私はもっと知りたい。近づきたい。)
この木が実をつける時、自分の想いはどのような形として結実するのだろうか。
この気持ちに名前を付けてくれただけでなく、美しい形となって二人を繋いでくれるよう、海は微かな願いを若木に込めた。
書いてから、愛を増すというか、自覚した話じゃね?・・・と思いましたが
セフィーロの人みんな大好き!って愛からの変化ということで。あわわ。

