青灰色
はじめまして
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茜空を閉ざす
クレ海。クレフ目線。甘め。
「青空市場」の続編。「銀嶺の檻」も読んでからの方がよいです。
茜空を閉ざす
日が西に傾き、東の空には宵の明星が瞬きはじめていた。
市場では暗くなる前に店仕舞いをしようと人々が慌ただしくしていた。帰路につく人々の流れを一組の男女がするりと抜け、脇道へと逸れてゆく。二人は市場で買い求めた品を抱え、城の通用門へと続く小道を歩いた。
二人とも、一目で美男美女と分かる容貌だった。その手は柔らかく握られ、恋仲であることが窺い知れる。だが、少女は相手の顔を見るのを意図的に避けていた。小道の行く手や夕方の空、抱えた荷物に視線をやりながら。わざとはしゃいだ声を出し、ざわめく心を覆い隠そうとしていた。
クレフの私室に戻ると、海は抱えていた荷物をテーブルに置いた。中には金属缶やお菓子が入っていた。
「光と風へのお土産のお茶、喜んでくれるかしら。」
「お前があれだけ試飲して買い求めたのだ。美味くない訳がないだろう。」
喉をくくっと鳴らしながらクレフが応える。その態度に海は顔を赤らめ、「意地悪!」とそっぽを向いた。初めて会った時から4年、だいぶ大人びてきたと思うがこういった率直な反応は見ていて飽きない。
「あちらを向かれては寂しいな。お前の笑顔が、私の糧なのに。」
二人は同じソファに座っているが、右隣の海は顔を背けたままだ。だが形のよい耳がみるみる赤くなるのは分かる。
普段は勝気で自分の意見ははきはきと言う少女だが、実はこうした言葉に弱い。クレフとしてもこれまで仕事一筋で愛の言葉を囁くのが得手という訳ではないが、そこは年の功である。
やがて蚊の鳴くような声が聞こえた。
「だって・・・・だもの。」
「ん?」
「だってかっこ良すぎるんだもの!ドキドキして面と向かって顔なんか見れないわよ!」
早口で海がまくし立てた。その顔は真っ赤で、それこそ茜色に染まった今の空のようだ。クレフは目を丸くした。一瞬、何を言われたのか分からない。
それでも言葉の意味を咀嚼すると、なんと、まあ可愛らしいことを言うのだろう。クレフは室内に置かれた鏡に視線をやった。そこには10歳前後の童形ではない、20代の青年が映っていた。自分の容姿が特段優れているとか、劣っているとか考えたこともなかったが、どうやら彼女にとってこの姿は好ましいものであるらしい。
鏡の中に映った人物が口角を上げた。それはもちろんクレフ自身なのだが、妙な感覚だ。今日一日、偽名を使って彼女と過ごしたせいだろうか。人目を避けるためではあったが、それが今日という日を非日常的なものにしてくれた、一種の舞台装置となったことは確かだった。
「ホント、自分が美形なの自覚してよね。心臓に悪いったら。」
「お前も先程、美人だ牡丹のようだと称賛されていたではないか。」
「あのね、屋台の子もおばさんも、みーーーーんな、クレフに釘付けだったのよ。気付かなかった?」
「お前を見るのに夢中で気付かなかった。」
しれっとした顔のクレフに対して、海は口を魚のようにぱくぱくさせた。いつもの自分ならもう少し婉曲的に、もしくは皮肉を言うところである。それを相手の反応が見たくてわざと言っているのだ。我ながら悪乗りが過ぎると思う。だがようやくこの姿で二人きりになれたのだ。世の恋人同士が交わすような睦言を言ったところで責められるいわれはない。
少女の細い肩を掴み、こちらへ向かせる。青い瞳を覗き込むと、今にもこぼれそうなほど、涙を湛えている。戸惑いの中に、抑えきれない慕情をはっきりと示していた。
「ウミ・・・」
「ちょっ、だから!イケメン過ぎるんだから、近づきすぎ・・・」
「少し、静かにしてもらおうか。」
言うやいなや、赤い唇を塞いだ。柔らかな唇の感触を味わいながら、左手を彼女の耳朶に伸ばした。その縁をゆっくりと撫でると彼女が驚きに体をびくつかせ、強張った体が緩んだ。その僅かな隙に舌を相手の口内に挿しこみ、歯列をなぞる。喉の奥からくぐもった声が漏れ、舌をより深く、彼女のものにまとわりつかせる。その間も左手は耳朶と首筋を往復し、右手は逃げようとする体を逃すまいと拘束している。
接吻する角度を変えようとして、唾液がちゅっと音を立てる。もうどちらのものか分からないほど混ざり合っていく体液が、どうしようもなく気持ちを駆り立てる。
何もこれが初めてではない。そもそも、自分たちが想いを通じあうようになったのは、応急処置で自分が強引に口づけしたのがきっかけだ。その後も、この部屋で、人気のない森で、何度か求めた。だが彼女は小鳥が啄ばむような、そんなささやかな交わり方でさえ恥ずかしがるのだ。その初々しさに愛おしさは募るばかりだったが、より深みを求める自分の貪欲さにも気付かされる。
唇を一旦離すと、海は空気を求めて喘いだ。その間にクレフは左手で弄んでいた耳朶を甘噛みし、そのままを首、喉元、そして鎖骨へと唇を運ばせる。そうしてすっかり脱力した彼女の背中を押してソファに倒した。完全に覆いかぶさるような態勢で彼女を見つめる。
「ウミ、朝方私が言ったことを覚えているか?」
「あ、さ・・・?」
上気した顔でたどたどしく問い返してくる。その声音に自分の心臓が脈打ったのが分かる。ソファの肘掛に散った髪を一房とり、口づけた。
「明朝まで、私はこの姿なのだ。それまで、今度はお前が私に付き合ってはくれないだろうか?」
その言葉の意味を理解した時、彼女の双眸は限界まで開かれた。瞳が揺らぎ、激しい動揺が伝わってくるが、拒まれない自信があった。
しかし、彼女はいつも自分の予想を遥かに凌駕してくれる。突然華奢な二本の腕を肩に回し、そのまま縋りつくように抱きついてきた。今度はこちらが驚く番だった。布越しに彼女の柔らかな体躯を感じ頭がくらくらした。
声になるかならないかの、微かな声で彼女は囁いた。耳元に熱い吐息がかかる。
「・・・もう少し、暗くないと。」
羞恥でどうにかなりそう、という中でのささやかな抗議だった。確かに部屋はまだ、残照で仄かに明るい。カーテンを開けたままなのも、そもそもソファで不自由な態勢を強いるのも酷というものだ。だがひとまず今は拒絶されなかったことが重要だ。
抱きついてきた細い体から一旦身をずらし、一気に抱き抱えた。今日何度目か分からないが、この姿であることに充足感を感じた。これはこれで悪くない。
寝台のおかれた隣室に足を踏み入れ、指先を窓に向ける。わずかに人差し指を水平に動かすだけで、カーテンがゆっくりと閉じ始めた。
茜色だった空が狭まり、やがて少し早い夜が部屋を支配した。
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ハイテンションで書いてしまった・・・。
先日いただいたコメントのおかげで、当社比120%な甘さで我ながらびっくりです。
きっとこの暑さのせいもあります。
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