青灰色
はじめまして
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瑠璃への跪礼
クレ海。光、風、プレセアが出てきます。
「紺碧の指環」の続き。
「紺碧の指環」の続き。
「プレセア、これってどう着るの?」
一番先に沐浴を終えた光が、装飾品の準備をしているプレセアに問いかける。その手にはセフィーロで用いられる純白の式服があった。
「今手伝うわ。あなたたちには着慣れないものかもしれないけど、これも経験よ。」
そう言いながら帯を締め、宝石をあしらった襟飾りをつける。白いローブはいつもクレフが纏っているものに似ている、と思いながら海は大人しく着付けを任せていた。隣にいる風は装飾品の名前や意義を侍女に問い、一つ一つ感慨深げにきいている。
この日はセフィーロが新しい摂理体制をしき始めてから初めての叙任式だった。叙任式とは特に意志の力が強いものたちが、神官や親衛隊長、創師といった高い位を正式に授かる式典だ。かつては『柱』であるエメロード姫がその務めを果たしていたが、今のセフィーロにもう『柱』はいない。それでも、まだ混乱の爪痕が残るこの国において術者が果たす責任は大きい。
今回は優れた治癒魔法を使うイシスという妙齢の女性が最高位の『癒師』として選ばれた。その叙任を導師クレフが行い、国を上げてそのことを祝福する。かつてほど華やかにはできないが、それでも城内には多くの人や花々に溢れていた。
「でも本当にいいのかしら。私たちが参加して。」
身なりを整えた海が訊ねた。薄い紗を重ねたローブに青い宝石がよく映えている。
「何を言っているの。あなたたちはこの国を救った英雄よ。国のお祝いに出席することに、おかしいことはないわ。宴にはカルディナが舞を披露するし、美味しいお菓子もたくさん出るんだから。」
「お菓子!!いっぱい食べてもいいのか?!」
光がキラキラとした目でプレセアを見つめる。もし光に犬の尻尾が生えていたら全力で振っていることだろう。
「光さん、その前に式典ですわよ。」
風がくすくすと笑いかける。たしなめるような言葉だが、そこには姉から妹へ語りかけるような軽やかな空気があった。
城の中で最も広く、荘厳な装飾が施された大広間。天窓のステンドグラスが色とりどりの模様を床に投げかけ、壁や長椅子には大輪の花が飾られている。扉から祭壇へは真っ直ぐに群青の美しい絨毯が敷かれている。
「綺麗なとこだね。あっちでいう教会みたい。」
あまりの壮麗さに言葉を失っていた風は光の無邪気な声ではっとしたようだ。途端に顔を赤らめると、
「そ、そうですわね。まるでヨーロッパの、世界遺産のような。」
「何よ~風、もしかしてフェリオとここで結婚式するところでも想像してたんじゃないの?」
片頬を上げからかうような口ぶりの海に、風は赤い顔を更に赤くした。もはや茹で蛸のようになっている。
「そんな。海さんこそ!先日クレフさんから指環をいただいたそうじゃありませんか!」
「な、な、なんで知ってるのーー?!」
まさかのカウンターに絶叫しそうになった海はすんでのところで堪えた。周囲の列席者には何とかこちらの会話は伝わっていないようだが、今度はこちらが赤くなる番だった。
「フェリオから聞きましたの。クレフさんが『王子に遅れをとったが、やっと渡すことができた』と。それは満足そうなご様子だったとか。」
海は目を丸くした。先日渡された紺碧の指環が以前から用意されたものだったことにも驚いたが、フェリオに冗談交じりながらも二人のことを話しているとは。自分の心の中に様々な感情を上手に折り畳んでしまう人だ。それがごく近しいものにだけとはいえ、付き合っている中での機微を話すとは。
恥ずかしい気持ち半分、そして半分は恋人として語られることへの喜びが胸を包んだ。
そうして三人が話している間に、式典の開始を告げる金管の音が高らかに響いた。話し声が収まり、午前の清浄な空気が窓から一陣の風となり入ってきた。
広間の奥から、複数の従者を伴ったクレフが現れた。いつも身につけているローブではなく、襟や袖に豪奢な金糸の刺繍が施された衣装で、身につけている宝飾品もより華やかでその権威を示している。
壇上に上がる愛しい人を海は遠目に見つめた。
今はこうして人々の信頼を一身に集め、有事の時は己の身を賭しても国を守ろうとする。二人でいる時にも常に仕事のことを気にかけている人だから、自分はこの人にとって負担になっているのではないだろうか、と思ったことは一度や二度ではない。だが、先程の風の話をきいて、心の底から安堵した。彼にとっての自分を、第三者からきくことがこんなにもこそばゆく、嬉しいものなのか。
この式典が一段落したら、美味しいお茶を淹れてあげよう。今見せているカッコいい姿も大好きだが、安らいでいる穏やかな表情はもっと好きなのだ。
やがて大広間の分厚い扉が開かれると、上品なドレスを着た美しい女性が立っていた。傍らのプレセアが先導しながら、群青色の絨毯を進んでいく。
祭壇に着くと、女性は膝をつき頭を垂れた。クレフは祭壇に掲げられていた儀礼用の刀剣を持つとその肩にそっと添えた。その幼い姿に似合わず、堂々とした声音が広間に響き渡る。
「まさに癒師となろうとするもの、誠実であれ。精霊と精獣、祈り働く人々すべてを守護すべし。」
「父なる導師。真理を守り、寡婦と孤児、常に弱きものの礎となりましょう。」
女性は授けられた刀剣を腰に帯びると、一段高いところにいるクレフに向き直った。そして差し出されたクレフの右手をとった。その中指にはめられた指環はひし形の金色の台座に瑠璃が収められている。子供らしい柔らかな手に似つかわしくないその大きな指環に、女性は迷うことなく口づけをした。
「え!?」
海が思わず上げた戸惑いの声は、叙任を祝う鐘と祝砲の大きな音にかき消された。
式典後の宴は城内の庭園で行われた。青々とした芝生にまっさらなテーブルクロス、豪勢な食事や飲み物、奏でられる明るい音楽。その全てがこの良き日を寿いでいる。
立食形式で歓談を楽しむ人々の中、海の顔には少し影がかかっていた。先程の光景が、忘れられないのだった。そういったしきたりと言えば、それだけなのだが、相手が優美な大人の女性だったのが気にかかるのだ。自分にはない、落ち着きをまとった彼女が唇を寄せる姿はどこか官能的であって。
(ああ、もう。)
こんなことで嫉妬してしまう自分の幼さ、文化の違いからくる戸惑いはこの祝いの場にふさわしくない。
わあっと一際大きな歓声が上がった。カルディナの踊りが始まったのだ。笛や太鼓に合わせ、幾重にも重ねた腕輪が涼やかな音色を響かせる。それに合わせて人々の手拍子が混じり、場はより賑やかになる。
その輪から海はそっと離れ、庭園の裏手側に回った。
喧騒から少し離れたそこには小さな泉と、円柱の連なった東屋があった。
木々に隠れるようにして立つ静かな東屋は、時折過ごす、とっておきの場所だった。少し風に当ろう、そう思って訪れた場所には先客がいた。
「ウミ、宴は退屈か?」
「!!クレフ!」
誰もいないと思っていたため、海は驚いた。だがすぐに合点がいった。そもそもこの東屋を教えてくれたのはこの人なのだ。
階段を駆け上がると、クレフは式典の時のままの格好で長椅子にかけていた。傍らにはグラスと簡単な食事が置いてある。
「クレフこそ、有名人なんだから欠席したらまずいんじゃないの?」
「挨拶は済ませてある。それにああいった席では、酒を必要以上に勧められるから敵わんのだ。」
「姿は子供でも、中身はおじいちゃんだものね。」
「相変わらず口が減らないな、お前は。」
そうはいうものの、いつもの覇気が足りない。やはり疲れているのだろうと思う。
「それよりどうした。疲れているのか?それとも何かあったのか?」
はっと顔を上げると大きな空色の瞳が心配そうに覗き込んでくる。海は苦笑した。やはり、この人に隠し事はできない。
「ええっと、あのね、笑わないできいてくれる?」
「ああ。」
「その、さっきの式典で、癒師のイシスさんが、貴方の指環にキスしたの、覚えてる?」
「覚えているが、それが。」
まだ怪訝そうなクレフに対して、海は細々と言葉を繋いだ。
「なんだか、あれ見てドキッとしちゃったの。絵みたいに綺麗な光景だったんだけど、その、私・・・」
赤面し視線を泳がす海を見て、クレフは少し目を見開いた。やっと得心がいったようだ。すると右手を海の前に差し出した。その中指に件の指環が輝いている。
「この指環は代々の導師に伝わるもの。全ての術者を統べるものとしての象徴で、叙任式ではその統率に従う、という意思を示すため口づけするのだ。愛情でなく、忠誠の意味合いに近いだろうな。」
「分かってるわ。たぶん、そんなとこかなって。私、また早とちりして、一人で勝手にドキドキして。」
「ウミ。」
呼びかけたその人は真摯な、真っ直ぐな瞳をしていた。一度それに捕えられると、逃げることは容易ではない。
「何もおかしなことではない。異世界と、こちらでは習慣が違う。先日もお前を驚かせたばかりだった。
だが覚えておいて欲しい。どんな時でも私の心はお前に向けられている。その心だけで、全ての不安を取り除いてやりたいものだが、実際は難しいようだ。
だから教えて欲しい。どんな些細なことでもよいから。」
そう言うと、クレフが顔を寄せた。思わず目を瞑ると、唇に羽が触れるようなささやかな感触があった。まぶたをゆるゆると上げると、至近距離で目を細める彼がいた。
「異世界でも、唇への口づけは愛情を示すものなのかな?」
珍しく、おどけた口ぶりで問うてくる彼への返事は態度で示した。
木々に隠れた東屋で身を寄せ合う二人の姿を見るものはいない。
祝宴はまだ始まったばかりなのだから。
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ローマ教皇の「漁師の指環」へのキスは敬服というより許しの象徴みたいですが、なんか絵的にクレフがそれされるのを想像しちゃうと楽しくって。
第一部2巻のキャラのプロフィールで「実戦・儀式用を問わず武器を創るのが創師」とあったので、クレフが授けた刀剣もプレセア作という設定。
叙任式の口上は騎士のを参考にしようとしたけど、いろいろ適当です。
以下、セリフオンリーのおまけ。どうぞ。
「そういえばクレフ。私たちの世界だと右手の中指に指環をつけると、『恋人募集中』って意味らしいわよ。」
「な!・・・とんでもない意味だな。」
「私という人がいながら(にやにや)」
「ま、まあ、薬指につけるとき、愛情を示すのは共通なようだがな。
それよりウミ、先日私が与えた指環はどうした。」
「ああ、落としちゃ駄目だと思って、手袋の中にしてたの。ほら。」
「賢明だな。これを私が贈ったと周囲が知れば・・・」
「な、何よ。どういう意味?」
「あの時は説明する時間がなかったが、これはある名工に作らせた特注品だ。見るものが見ればすぐにわかるのだが、屋敷十軒分の価値がある。」
「・・・はあ?」
「そんなものを贈ったと知れたら大騒ぎだ。私はいつ公表してもいいのだが・・・」
「ちょ、ちょっと待って!まだ、心の準備がーーー!!」
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